テコンドーの実戦性

1955年:故 崔泓熙(チェホンヒ)は韓国軍の軍隊武術としてテコンドーを創始し、国民の健康増進のために民間にも普及させた。

 

1963年:アメリカ・ニューヨークの日刊紙で、暴力団や不良から命を救ったとして、ある東洋人が大きく取り上げられた。記事の主人公は、青濤館(チョンド館)テコンドーの元老 孫徳成(ソン・ドクソン)師範。

  

チェ・ホンヒ総裁
チェ・ホンヒ総裁
ソン・ドクソン師範
ソン・ドクソン師範


1964年:アメリカ・ロサンゼルスで開かれた空手大会に、ユ・ビョンヨンという師範が「テコンドー」と書かれた道着を着て出場し、4大会連続優勝を果たした。

 

1964年:ベトナム戦争に参戦した韓国軍人らが、肉弾戦(武器を使用せず自分の体を使って戦うこと)でテコンドーの技術を応用し敵軍を制圧したことによって、韓国軍およびテコンドーの実戦性が世界から注目されることとなった。

 

1965年:極真空手の設立者 大山倍達(チェ・ペダル)が猛牛を素手で倒したという話が広まっていた時代。ハン・チャギョ師範は、自身も挑戦してみようと韓国・清凉里(チャンニャンニ)にある食肉処理場を訪れ、横蹴りで牛を倒した。

 


1965年:アメリカ・ワシントン国会は、国会議員らの護身武術としてテコンドーを採用した。ブルース・リーやモハメド・アリにテコンドーを教えたイ・ジュング師範が指導に当たった。

 

1967年:台湾の軍隊は肉弾戦におけるテコンドーの優秀性を認め、中国テコンドー界の伝説として知られるキム・キドン師範を教官として招き、軍人らへの指導を始めた。

 

イ・ジュング師範(左)とブルース・リー(右)
イ・ジュング師範(左)とブルース・リー(右)


1976年:元プロボクサーのモハメド・アリは、ドイツ・ミュンヘンで開かれた試合でリチャード・ダンと対決し勝利を得た際、報道陣に「イ・ジュング師範から学んだパンチのおかげでノックダウンさせることができた。」と語った。

 

2010年:ATA(米国テコンドー協会)3段保持者の総合格闘家 アンソニー・ペティス選手がWEC世界ライト級王者となった。また2013年には、UFC世界ライト級でもチャンピオンとなった。彼の夢はテコンドーとMMA(総合格闘技)を一緒に教える道場を開くことだという。

 

※ATAは、在米韓国人の故 イ・ヘンウン師範がつくったテコンドー団体。イ・ヘンウン会長は、アメリカ元大統領ビル・クリントンの師匠でもある。

 

モハメド・アリ
モハメド・アリ
アンソニー・ペティス
アンソニー・ペティス


2011年:テコンドーやムエタイをベースとする総合格闘家 アンデウソン・シウバ選手がUFC世界ミドル級王者となった。彼はブラジル・サンパウロで生まれ、経済的な理由で4歳の時に叔母に引き取られた。ある日、従兄弟に連れられてテコンドー道場を訪れたが、貧しい彼はお金を払うことができなかった。韓国人のマスター・カンは、道場の掃除をすることで彼が練習することを許した。こうして最強の格闘家が誕生した。

 

アンデウソン・シウバ
アンデウソン・シウバ